沿  革

 

■昭和52年(1977

・杉沢・太田地区の葉たばこ農家の後継者7名で、稲庭岳の美化保存、PR、地域活性化などを目的にクラブを設立。名称は山の中腹の「岩誦坊の水」に由来。

 

■昭和53年(1978

・天台寺に元朝参りに来た人たちのため、ボランティアで餅をつき振る舞う。小高い山に鎮座するこの寺まで、当時車にて臼や餅米などを運べなかったことから、馬にそりを引かせた。メンバーは12〜3名に増え、参拝者700800人に振る舞った

 

■昭和55年(1980

メンバーの一人が『NHKのど自慢』に出場。同局のディレクターと知り合いになり、杉沢・太田地区の炭焼きや葉たばこといった地場産業に関する、30分間のドキュメンタリー番組を制作してもらう

 

■昭和56年(1981

NHK東北アワーにて、30年ぶりに復活した杉沢演芸団を特集した『おらほの爺さまは芸達者』放映

 脚本、舞台、演出もすべて手作り
 

 ・同年に国際連合が指定した「国際障害者年」を契機に、全国の心身障害者を激励することを主な目的に「日本列島縦断マラソン」を実施。ランナーは田口由太郎と田口俊夫。第1弾として、北海道知床五湖から浄法寺町まで走破

 

 

■昭和57年(1982

・「日本列島縦断マラソン」第2弾として、沖縄県糸満市から浄法寺町まで、約2200qを完走(21日〜320日)。NHK沖縄放送局や日本テレビ『ズームイン朝』、NHK東京放送センターなどでも取り上げられた。沖縄では浄法寺町出身者、奈良県ではクラブメンバーも激励に駆けつけた


ズームインにて徳光和夫アナのインタビューを受ける田口由太郎

 


沿道で
身障者の方とバッタリ。右のランナーは田口俊夫

 


奈良県にてクラブメンバーと激励会

 

 

■昭和60年(1985

・太田小学校の校長を務めた千葉先生。恩師の転任先である岩手県西磐井郡花泉町(現・一関市)まで、片道約198qの「親子マラソン」を実施。メンバーの親子数組でタスキをつないだ


親子で励まし合いながら並走

 

 

■昭和61年(1986

・稲庭岳登山道の整備、同山に建つ駒形神社の修復を実施。以降、毎年6月下旬に地域住民も参加して、奉仕活動を行う

・中国の農業研修生を招いて、葉たばこの耕作を行うとともに、本場の餃子作りを習うなど、国際交流を深める


手つきも鮮やかな研修生の餃子作り


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